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丸紅株式会社〔和田寛石油ガス(株)〕 (浪岡駅)
2026.4.26作成開始、公開

1966.9浪岡駅 丸紅飯田(株)専用線[1]



 青森駅と弘前駅のほぼ中間に位置する奥羽本線・浪岡駅には、日通商事(株)、青森県経済連、丸紅(株)といった専用線が集積し、LPGや農産物、飼料等 の取り扱いが行われていた。そしてLPG関係の事業所は現在(2026年4月)でも、姿かたちを変えて残っており、鉄道貨物輸送の名残を感じられる駅と なっている。

 筆者は、20年ほど前の2006(平18)年11月に同駅を訪問したが、当時はLPGタンクやくみあい配合飼料の中継基地がズラリと並んでおり、貨車輸 送現役時の面影が今以上に感じられ、興味深い駅として記憶に留めていた。しかし同駅の貨車輸送が現役時代の写真を目撃したことはなく、何となくアンテナは 張っていた昨年、浪岡駅の第三者利用者に名を連ねる和田寛石油ガス(株)の社史がネット上で販売されているのを偶然見つけ、即購入をした。

 ペラ紙1枚の簡単な社史だが、嬉しいことに専用線が活躍中の貴重な写真も載っているだけでなく、専用線改廃の歴史も詳らかになったこともあり、この項を作成することを決断した。



 この専用線の専用者は、丸紅(株)なのだが、第三者利用者に和田寛石油ガス(株)の名がある。その和田寛石油ガスは、和田寛食料工業(青森市、後に経営 破綻)と丸紅の共同出資の会社であり、その後社名は東北石油ガス(株)に改称されている。丸紅のLPG事業のブランドは「ベニープロパン」で全国各地に中 継基地が存在し、各地で貨車輸送も行われていたが、ベニープロパンの供給ネットワークの一翼を担う存在として浪岡駅の専用線は位置付けられ(三次基地)、 タンク車輸送が行われていた。

 専用線に関連する歴史を和田寛石油ガスの社史より纏めると下記の通りである。

年 月
出  来  事
1961(昭36)年5月
和田寛食料工業(株)はプロパンガス販売事業開始
1966(昭41)年9月
浪岡充填基地建設(ストレージタンク50t、専用側線)
1968(昭43)年10月
プロパンガス部門を分離して、丸紅飯田(株)と共同で和田寛石油ガス(株)を設立([1]、[2]p87)
1975(昭50)年9月
浪岡充填所 容器検査所落成
1977(昭52)年2月
浪岡支店 充填所増築
1978(昭53)年5月
浪岡支店 容器検査所改造
1979(昭54)年8月
浪岡支店 事務所増築
1979(昭54)年9月 東北自動車道  大鰐弘前IC ~青森IC間開通
1981(昭56)年8月
浪岡支店 側線撤去
1984(昭59)年2月
浪岡駅の貨物取り扱いが廃止
※[1]の記述を中心に筆者作成

 浪岡駅向けLPG輸送の発駅は、塩釜埠頭駅丸紅(株)専用線と思われる。塩釜港には同社LPGの二次基地があり、1979年3月31日現在の「私有貨車番号表」によると、塩釜埠頭駅常備の丸紅(株)所有のタサ5700形(LPガス専用)が2両存在する。

1998.5塩釜埠頭駅 丸紅エネルギー(株)塩釜LPG基地

 ちなみに浪岡駅には日通商事(株)専用線があり、野内駅ブリヂストン液化ガス(株)の基地からLPGがタンク車輸送されていた。
 ブリヂストン液化ガス(株)は、輸入LPGの販売を日本通運、丸紅、日商岩井に委託する契約を1961(昭36)年4月に結んだという歴史もあり([3]p161)、野内駅から丸紅専用線を介して和田寛石油ガス(株)向けタンク車輸送が行われていた可能性も考えられる。むしろ塩釜埠頭と野内の両駅から供給があったとも考えられそうだ。下記空撮写真には専用線内にタンク車3両が写っているが、上述の通り塩釜埠頭駅常備の丸紅のタンク車は2両だけである点も気になるところである。

 尚、浪岡駅の貨物取り扱いは、1984(昭59)年2月に廃止されているが、丸紅専用線はそれよりも早い1981年に撤去されている。塩釜埠頭駅の丸紅 専用線の廃止が1983年以降なのに対して、野内駅のブリヂストン液化ガス専用線の廃止が1980年頃だったことを踏まえると、野内駅からのタンク車輸送 廃止が浪岡駅の丸紅専用線撤去に繋がったという流れも想定される。この辺りの輸送体系考察は興味深いところだが、残念ながら決め手に欠けており、特定には 至っていない。


1975.9浪岡駅 丸紅(株)専用線 タンク車が3両停車中
地図・空中写真閲覧サービスより)

2006.11浪岡駅 東北石油ガス(株) LPGタンクが存在した

 2006年に筆者が浪岡駅を訪問した際に目撃したLPGタンクは、専用線が存在した当時のものが残っていると勝手に思い込んでいたが、トップに貼った社 史の写真や上記空撮写真を見る限り違ったようで、往時は球体の巨大なストレージタンクが聳えていたということが分かった。

 さらにGoogleストリートビューを見ると、2014年5月時点で筆者が目撃したLPGタンク自体も撤去済みで、物流拠点としての機能の変化が窺える。浪岡駅は国道7号線がすぐ横を走り、少し北に走れば東北道の浪岡ICや浪岡五所川原道路が整備されており、交通至便な場所であることから、鉄道とは関係無く物流拠点としてのポテンシャルの高い場所であると思われる。

 LPG関係の基地は石油系の油槽所よりも貨車輸送廃止後も貯蔵基地の拠点として何かしら残っているケースが多い印象だが、浪岡駅の例からも分かる通り拠 点として活用はされていても時代と共に機能が変遷しているわけで、この一例だけでもLPGの輸送の複雑さが垣間見えて興味が尽きない。



[1]『和田寛石油ガス株式会社のあゆみ』1982年11月12日発行
[2]『丸紅通史』丸紅株式会社、2008年
[3]『ブリヂストン七十五年史』株式会社ブリヂストン、2008年

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